奥が深いんです その6
古い文献に、濃き色、淡き色とあれば、それは紫色の濃色、淡色を指しているわけで、紫色の場合には、修飾語プラス色名という系統色名法は、かならずしも必要ではなかった。
色調を表わす修飾語だけで、色名がなくてもそれが紫色の濃淡清濁を示すことがしばしばあるのです。
やはり紫がすぺての色の中の王者の色とされていた証拠でしょう。
日本の古い色名の中で、紫色ほど細かく呼び分けられた色はない。
古い文献に、濃き色、淡き色とあれば、それは紫色の濃色、淡色を指しているわけで、紫色の場合には、修飾語プラス色名という系統色名法は、かならずしも必要ではなかった。
色調を表わす修飾語だけで、色名がなくてもそれが紫色の濃淡清濁を示すことがしばしばあるのです。
やはり紫がすぺての色の中の王者の色とされていた証拠でしょう。
日本の古い色名の中で、紫色ほど細かく呼び分けられた色はない。
紫色が高貴な色、太平平和の象徴、形而上的世界の思想的表現とされたのは、おそらく中国伝来の思楚影響されたものと思われるのに、ゆかりの色、という縁故の象徴だけは呆の民族的創意であろうとされています。
平安朝の貴族文化は、京都という限られた地域の、ごく一部の特権階級の趣味好尚によってつくられた文化で、庶民生活とは何の関係もなかったのだが、それだけに純粋培養された、繊細優雅な美の典型ともい、兄るものになり、戦前までの日本人にとっては、それは一種の憧れでもあり、日本的美学の精粋とも思われていた。
その色彩美学の根本が、紫色にあったということはやはり忘れることはできないだろう。
古今集巻十七に、
紫の一本ゆへにむさし野の草は皆からあはれとそ見る
とあるものがもとになっているということで、むさし野に一本の紫慕あれば、その縁によって野の草も紫色に染まる、ということに托して人の世の縁のつながりを詠んだものです。
前田氏は、妻、幾に含まれる色護、顕薫揮発性があって、そのために隣接するものを染めるということを発見し、ゆかりの色の思想が紫根に根源があることを紹介されています。
現代人の日常感覚には、これらの要素はまったく欠けているといえるからです。
「源磯物語」の理想のヒロイソ紫の上は、ー若く清らになまめきていみしき御かたちの様なりーと語られている女性で、テレビのコマーシャルに登場する現代の美女とはまるで種族が違うようです。
ー紫の紙を包みて封じて房長き肇つけたるーというのは、清少納言が枕草子であげた「なまめかしきもの」の例です。
前田氏によれば、艶なる紫の趣は、濃紫よりはむしろ淡紫にあるといいます。
また、紫は「ゆかりの色」ともいわれていました。
「源氏物語」は、多くの女性像の中で、容色、才徳兼美の理想の女性を「紫の上」と名づけているし、その筆者も紫式部といわれるようになりました。
平安朝の貴族文化は、世界の歴史にもほとんど類のない繊細優美をきわめたもので、前田民はその貴族文化の理想的条件として、三つの要素をあげておられる。
それは、あでやか(高貴)、なまめかし(艶・匂ひやか)、みやびやか(優雅)であって、あらゆる色の中で、この三要素を具備しているのが紫色であったというわけです。
今日の大衆化社会で、紫色が好まれないのも、正にそれ故なのでしょう。
七〇一年の大宝衣服令では、白、黄丹、紫、蘇芳、緋、紅、黄橡、練、葡萄、緑、紺、標、桑、黄、摺衣、薬、柴、墨……などの色の位階を規定して、はじめて皇族の色彩が文書によって定まった。
それぞれの位階の色以下の色は自由に使用できたが、自分の位以上の色を用いることは許されなくなったのです。
前田千寸氏の「むらさきくさ」によれば、その後、平安申期になると、それまでさしもに厳正だった禁色も大いに緩和されて、衣色の使用が自由になり、実生活上における紫色は遺憾なく普遍化されたということで、紫色には、高位の特権の他に、別の新しい価値観が生じ、王朝文化における紫色は、一種の理想の色になったといいます。
ヴァイエンシュテファンは醸造学の研究を守りながらも商業べースにみ合ったしっかりとした経営もされています。
ヴァイツェンビールがとりわけよく飲まれる場所は、ミュンヘンのタール通りにあるシュナイダー・ビアレストランです。
そこで出される最もおいしいヴァイツエンビールは、少し離れたレジェンスブルク近くのケールハイムでつくられています。
ヴァイツエンビールの最も集中している場所は、ミュンヘンの東部あたりであり、このことからも今ではつくられてはいないが、ヴァイツェンビールがボヘミアから伝わって来たのだという説に真実性が高いです。
ヴァイツェンビールは、他のドイツビールよりも多くのバリエーションがあります。
それは小さな地方醸造所で生産される数量によるからかもしれないが、彼らの製品の多くは自家製と呼べるしっかりとした特質を持っています。
酵母も独自のものを使っています。
今ではミュンヘンから北東三〇キロほどのフライジングという町の町はずれのヴァイエンシュテファンにあるバイエルン州立醸造所でつくられています。
この醸造所(バイエリシュ・シュターツブラウライ・ヴァイエンシュテファン)は世界最古の醸造所として有名です。
現存する建物のうち最も古い部分は、一六〇〇年代に建てられた修道院であるが、醸造所の設立は一〇四〇年であり、この年にこの敷地内でビールがつくられたことは間違いないようです。
醸造所が州立になったのは、政教分離された後のことでした。
ヴァイエンシュテファンには、、、ユンヘン工科大学の醸造学科もあります。
この醸造学科は醸造を研究する専門の研究所としては世界中の数少ない機関の一つであり、中でも特に権威もあり信頼もされている機関です。
「ヴァイエンシュテファン」という名称は、醸造所のある丘陵地一帯を指したり、醸造所そのものを指したり、ミュンヘン工科大学醸造科の俗称であったりします。
ミュンヘンとミルウォーキーでは、このところヴァイツェンビール(小麦ビール)が流行しているようです。
このことは「ビール・ルネッサンス」の動きの一つの現象ともいえます。
特にバイエルン地方ではヴァイツェンビールの消費量が急増しています。
このヴァイツェンビールは、丁子の香りが豊かで、たいていは背の高い花瓶のようなグラスにレモンスライスが添えられて出されます。
小麦ビールはドイツの南部では珍しいことではなく、バーデン・ヴュルテンブルク州やバイエルン州では日常的につくられています。
小麦ビールはミュンヘンのホーフプロイハウスと特別なつながりを持っています。
ホーフプロイハウス開設の頃からつくられていて、ここのエーデル・ヴァイツェンやドゥンケル・ヴァイツエンは多くの人に親しまれてきた。
1200度に熱せられた石を釜の中に入れて麦汁を煮るのだが、この方法は醸造釜がブナの木でつくられていたために、外側から熱を加える事ができなかった時代から使われていたと言われています。
この方法に向いた石がたくさんあった高山地帯で行われていたようです。
そしてラウケンフェルス醸造所は、そのため独自の採石場を手に入れていました。
熱い石で麦汁は、ごうごうと音をたてて煮えたぎり、麦汁の醸造用糖分がキャラメル化して石に付着します。
次に、そのキャラメルに包まれた紅石を冷ましてから貯蔵タンクの中に入れると、キャラメルは溶けて、爆発的に二次発酵を引き起こします。
そして最終的には上面発酵で滑らかでコクがありスモーキーな味と長く残る後味が特徴のビールができます。
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